作家、演出家、前川知大の鈍ら(ナマクラ)な日々。時々切れ味の良い日も。かなり不定期更新。
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前川知大仕事状況
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[小説] 「散歩する侵略者」 メディアファクトリーより発売中 [連載] ■週刊モーニング(不定期連載) 「リヴィングストン」 漫画:片岡人生 原作:前川知大
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前川知大          (まえかわともひろ)

  • Author:前川知大          (まえかわともひろ)
  • 海の生き物とキノコと豆、乾物が好きです。F1と料理が好きです。UMAや地獄の関係者も好きです。漬物だけは勘弁してください。
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2007.07.16 Mon
実家がピンチ
jisin.jpg

新潟県中越沖地震、大変なことになっております。
そしてその最も揺れが激しかった地域の一つ、柏崎市沿岸。
そこは紛れもなく私の故郷であります。

地震発生直後、まだ電話が混雑していなかったので繋がりました。
実家には母が一人で住んでいます。
ちょうど先日の日記で書いた野菜を送ってくる人ですね。
訪問先の室内で右に左に振り回され、
手足に軽症を追ったようですが、無事だったのでほっとしました。
訪問先とは前川家の墓がある大きな寺で、
慣例で月イチのお掃除に出向いていたそうです。
激しい横揺れに翻ろうされながら、母が窓の外に見た風景は
さながら悪夢だったようです。
密集した無数の墓石が、一斉に踊るように揺れ、次々に落下したといいます。
百を超える墓石が一斉にダンス!
確かに恐ろしい絵面です。

地面がモリモリ盛り上がる瞬間を見た!
など、非常事態ならではのテンションの高さに圧倒されました。

午前中は被害状況が不透明だったことと、
とりあえず家族が無事であったことで楽観しましたが、
夕方のニュースで報じられる状況は決して笑い事では済まされないものでした。

母の続報では、
家に戻ってみると建物は無事でしたが、
室内はどこもシェイクされたように、モノが全て床にブチ撒けられていたそうです。
母は一人暮らしのくせに業務用冷凍庫に大量の食料を備蓄するという趣味があるので、
こんな時でも困らないのですが、水が出ないのでどうにもならないようです。

地元友人とのやり取りでは、
向かいの家が倒壊して、生き埋めになったお婆さんが
先ほど救出されたというのがありました。
イキウメという単語がナチュラルに飛び出してヒヤリとしました。
当分新潟公演は難しそうです。

不幸中の幸いは、柏崎刈羽原発に大きな事故が無かったことでしょうか。

関連ニュースの見出しで最もインパクトがあったのはコレ。
「柏崎市、16センチ移動」
どこへ行く、私の故郷。

お見舞い申し上げます。



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2007.07.14 Sat
我家の小さな食品問題
米国への食品輸入が差し止められた回数は、2006年からの調査だと、
中国よりドミニカやデンマークの方が多いとニュースで見た。
各国の輸入総数のデータは無かったので、
中国よりデンマークの方が酷いと決め付けることはできないし、
中国製品にとってなんの弁護にもならないだろう。

ダンボール肉まんはさすがに笑った。
しかも6割ダンボール、肉4割はすごい。
10年販売してたらしいから、後5年くらい頑張れば
9割ダンボールの肉まんも開発できたんじゃないかと思う。
食物繊維だけは豊富なはずだ。肉まんと呼べるかどうかは不明だが。
工場の器具に犬の糞が付着してたらしいが、
これだってなかなか狙ってできるもんじゃない。
攻めてるなぁ、という、ある意味好印象だ。
「(自分達では)食うわけないじゃん!」という歯切れのいいコメントもぐっとくる。

個人的に生ごみ餃子よりインパクトを感じたのは、
ダンボールという言葉の響きとイメージにあるんじゃないかと思う。
「突然段ボール」というバンドを思い出した。
ハイセンスな名前のバンドだなーと思ったが、
聞いたら歌詞がさらにハイセンスで驚いたのを覚えている。

スーパーに並ぶ国産野菜に、「私が作りました」という
生産者の署名が入ったものが並ぶようになって久しい。
陳列棚の前に写真を飾っているものもある。
以前見て驚いたのは農家の夫婦と3歳くらいの子供の写真だ。
アットホームな雰囲気を伝えたかったのかもしれないが、
私が作りました!てシモネタかよ、と小声で突っ込んだ。
子供まで使って野菜に対するイメージ操作をしてやがる、
と感じたのはちょっとひねくれすぎかもしれないが、
名前や顔を出されたところで、
「そうは言ってもあなたが信頼に足る人間かは、
正直なところ分からないんだ」
と言うしかない。
しかしそんな意地悪なことを言ってみるが、
猜疑ベースでは何も食えないので、
日本の生産者を信じることにしている。
鰻が大の好物なのだが、安価なのは中国産。
どうしたものか。
今年の土用丑の日は今月30日だ。

食品に関して、もし誰も信じられないというなら、
素材から自分で作るしかない。
水や土壌が汚染されていない限り、安全なはずだ。
それが無理なら、信用できる人が作ったものをいただくしかない。
そういう意味では、私は最近信頼できる食材を手にしている。
実家の母が趣味で作った夏野菜を送ってくるのだ。
彼女が私を暗殺しようと
有害農薬を鬼のように散布している可能性は否定できないが、
ここは母親、信じることにしよう。
届いた野菜の形の不揃いさは信頼度に貢献している。

今日はナスとキュウリ、ピーマンとしし唐が届いた。
ピーマンとしし唐が同じ包みに入っていたので、
選別することにしたのだが、形の不揃いさが仇になった。
最大のものは明らかにピーマン、最小のものは確かにしし唐。
間の大きさのグラデーションが見事なまでに揃っており、
どちらか判断できないものがあるのだ。
しし唐はいくら育ってもピーマンにはならない。
並べてみた。

sisi.jpg


写真はしし唐からピーマンへの進化論的イメージ。
しかしそんなことはありえない。
いや、まさか全部ピーマンということも。
母よ、なぜこんな、私を試すようなまねをする。

→電話して聞いた。
母の回答は、
「おいしいのがしし唐だよ」
という全くなってない回答だった。
食べたら分かる。
じゃあ一体、どう料理したらいいんだ?


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2007.07.04 Wed
大阪から新潟
ajisai.jpg

次回のイキウメはなんと大阪公演をやります。
大阪といえば大学生の時、四国まわって高野山へ行った帰り、
同行の高井氏となんば駅で足止めくらった時以来です。
その時はお遍路の疲労と金欠のため、
駅前でホームレスとして一夜を明かしただけで、
観光どころではなかったのです。
しかもその事実さえ忘れていて、初大阪だぁ~と息巻いていたくらいです。

先週、公演の宣伝で、事実上初めての大阪を堪能して来ました。
新大阪駅でエスカレーターに乗ると、お急ぎの人が左側を駆け上がっていくのを見て、
軽いカルチャーショックを受けました。東京では皆右側を駆け上がって行きます。
私はつい左側に安住して大渋滞を作ってしまいました。
気付くのが遅かったら危なかったです。

まずは劇場の下見です。JR大阪駅・阪急梅田駅のすぐ近く、HEP HALL。
デパートの8F、ロビーから観覧車の見える綺麗な劇場です。
東京の青山円形劇場とは大きさも形も全く違うが魅力的なスペース。
180度違うタイプの劇場で同じ演目。
さて、どう使おうか。う~ん。
幸いウチの美術、照明、音響は難題をぶつけると、フン!と腕をまくる、負けん気&マゾっ気のある勇者なのです。
というわけで問題は持ち帰ってスタッフにぶつければ良いかと、
私も腕をまくって駅前のネギ焼き屋に突入することにしました。
大体の料理は自宅で再現する私ですが、お好み焼きに限っては違います。
なぜこうも違うのか。やはり鉄板か。
ホットプレートなど言語道断と言っていた大阪出身の友人の言葉を思い出します。
本場はやはり美味い。

午後はひたすら宣伝。
イキウメの紹介や作品の概要、しゃべりまくります。
沢山のメディアに取材していただきました。
ありがとうございました!

夜はうどんすきと日本酒でしめ、ホテルのベッドに沈みました。
次に来る時は本番です。大阪でどう受け止められるか、楽しみです。

翌日東京に戻り、今度は新潟へ旅立ちました。
週末にある従妹の結婚式のためですが、
「その前に温泉でも行こうぜ、おごるよ」と母が前川三兄弟を招集したのです。
三人そろうのは奇跡的です。特に兄は仕事でほとんど海外にいるからです。
妹の腹が随分大きくなっていたので聞いてみると、
「中に人がいる」と答えました。
なるほど、七ヶ月なら人と言って良いでしょう。
山間から田園を見下ろす露店風呂を出ると、
兄夫婦が遅れて到着していました。
幼稚園に入ったばかりの姪っ子に、
親の指示なくトモヒロおじさんと呼びかけられたのには少し感動しました。
ついに私を叔父と認識したようです。理性の目覚めと社会への参入が始まりました。かわいそうに。
兄は嬉しそうに、娘が書いた絵を取り出して私に見せます。
三つの浮遊する顔らしきものが描かれていました。
しかも原画をFAXで送ったものを持ってきたので微妙に粗くなり、
ほとんど心霊写真のヤバイ箇所をチェックしたようなイラストになっていました。
「どうだ、シュールだろ」と兄は誇らしげに言います。
あえてこれをチョイスした兄も兄だと思いつつ、
「確かに。白水uブックスの表紙にしても違和感が無いだろう」と答えました。

子供や妊婦を前に煙草を吸うわけにもいかず、
浴衣で裏庭に出ると、アジサイがしっとりと咲き乱れています。
強行スケジュールでしたが、悪くない休暇だと竹の縁台に腰を下ろしました。

翌日の結婚式は盛大で、素晴らしいものでした。
外資系のコンサルタントで働く兄は当然しゃべりのプロで、
毎度見事なスピーチをブチかまします。
「コンサルは感動してもらってナンボ。お前のやってる演劇と同じようなものだ」
と兄は言いますが全くその通り。下手な役者より場を支配します。
作・演出・出演の一人芝居。
できることなら先日の大阪に同行して、私の代わりにしゃべって欲しかった。

一夜明け、家族はまたそれぞれの現実に戻っていきました。
私も多忙な一週間を終え、東京に戻ると、
二日後の〆切りという現実が待ち構えているのでした。



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