作家、演出家、前川知大の鈍ら(ナマクラ)な日々。時々切れ味の良い日も。かなり不定期更新。
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前川知大          (まえかわともひろ)

  • Author:前川知大          (まえかわともひろ)
  • 海の生き物とキノコと豆、乾物が好きです。F1と料理が好きです。UMAや地獄の関係者も好きです。漬物だけは勘弁してください。
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2009.10.24 Sat
おじさんという者ですが。
大学時代、同じ学科(文学部哲学科)でつるんでいたメンバーがいる。私を入れて五人だ。
メンバーといったのは五人は設定上バンドであったからだ。設定上とはどういうことか、複雑な問題であるのでここでは割愛する。機会があったら書いてみようと思う。
私は浪人していたため、その中で最年長であった。歳のせいだけではないと思うが、彼らの中で私のあだ名はいつの間にか「おじさん」となっていた。
二十歳の私は歳より老け、いや大人びていたかもしれないが、客観的に明らかに「おじさん」ではなかったので、「おじさん」というあだ名は成立していたのであり、私もとりわけ悪い気はしなかった。
「おじさん」と書いたのは、「オジサン」だとどこか揶揄的だし卑屈な感じがするからだ。当然「伯父さん」「小父さん」という字は当てはまらない。ニュアンス的に平仮名の「おじさん」という呼び名はどこか親しみがあり、気に入っている。

メンバーは東京を離れた者もいるが、いまだ年に何回か集まり、絶望を肴に酒を飲むのが習いだ。
みな独特の言語センスがあり、正鵠を得た言葉にはっとさせられたり、聞き返すことが億劫になるくらい意味不明なことを言ったりする。実に愉快な連中だ。
その中の一人が、休日に妻子を連れて我が家に遊びに来た。お食事会だ。料理は私が作る。
大学生だった彼に今妻子がいることが、何度会っても新鮮に感じる。彼の娘はもう三歳になり、我々はもう三十も半ばなのだ。
メンバーだけで会うと気分は学生で、現在はあの頃の続きと感じる、でも家族で会うと様相が変わる。彼の腕に抱かれた愛らしい娘は、その中に私と彼の過ぎ去った時間を凝縮しているように思える。今はあの頃の延長線上であるはずなのに、どこかで決定的に断絶している。でもそのポイントがどうしても分からない。
高校生になった頃、小学生だった自分がどんなだったか、全く思い出せなくなったのと似ている。それは別に悲しむべきことではないだろう。時間がはっきりと見え、ちょっとノスタルジーを覚えるだけだ。

そう、時間は経ったのだ。私は「おじさん」というあだ名のおじさんキャラではなく、リアルおじさんになったのだ。
彼らは相変わらず私を「おじさん」と呼ぶ。
三十歳になる頃、彼らはいつまで私を「おじさん」と呼ぶだろうか、と考えたことがあった。私はずっと、本当におじさんになっても「おじさん」と呼んで欲しいなぁと思った。だってある日「おじさん」と呼ばなくなったら、それっておじさんになったってことだろうから。つまり「笑えないから」ってことだからだ。
でもそのまま老人になっても「おじさん」と呼んでくれてたら、なんか私の勝ちのような気すらする。

我が家に遊びに来たその友達は、娘に「ホラおじさんだよぉ~、会ったことあるよね~」と言ったりする。
私はぎこちなく笑顔を作る。その「おじさん」という言葉は娘にどう聞こえているのだろう。
「犬だよ~」とか「電車だよ~」と同じように、無数にいるおじさん族のひとりとして認識されてるのだろうか。
それとも「叔父(伯父)さん」としてだろうか。いや、まだ親戚という概念は理解してないかもしれない。

私はふと不安になった。
人は友達のおじさんを単に「おじさん」なんて紹介したりしない。
いつか、そう遠くない日、この子は両親にこう尋ねるだろう。
「そういえばさ、あのよく見るおじさんて、どこの叔父(伯父)さんなの?」
父親の彼はこう答える。
「え、別にアイツ親戚じゃないよ。ただおじさんて呼ばれてるだけ」
「は? なにそれ?」
「だから、あだ名が、おじさん」
「え? じゃあなに? アイツうちと関係ねぇじゃん。なんだよソレ。なんだアイツ」

こんな会話、いやだ。されたくない。
私は友人に、そういうことがないよう、私が親戚ではなく、ただのおじさんであることを早いうちにその子に伝えてほしいと懇願した。
友人は持参の十四代(実においしい日本酒であった)を舌の上で転がしながら、誤解があった方が面白いじゃないか、なんて言う。
くそぉ。奥さん、頼んだよ。あなたの娘が私のことを、勝手に親戚のふりをしていた男と思わないように、頼んだよ。
奥さんは、思春期を迎えた娘にこんなことを言うだろう。
「ところで、おじさんと呼ばれるあの人は、実は親戚じゃないからね。彼がまだおじさんではなかった頃、ほんの少し皆よりおじさん的要素が強かったがためにおじさんと呼称されることになったおじさんなのよ。気をつけてね。まぁ今は普通におじさんだからあなたがおじさんと呼んでも支障はないと思うけどね。」
美しく成長した娘はこう答える。
「うん、どうでもいい。ていうか誰それ。」

無駄か。そうだな、無駄なことだ。私がどう思われようと、いや、無駄なことだ。
彼女にとってどうでもいいことなのだ。当たり前だ。
嗚呼、可能性に満ちた彼女の笑顔がまぶし過ぎる。

さてと、次は甘唐辛子でも焼こうか、と私はキッチンに立つ。
塩だけで食べるのだ。きっとこの酒に合う。
ふん、この味はまだ三歳児には分かるまい。おじさんをなめるな。




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Comment
Posted by yashima
下から5行目、極上の絶望です。
甘唐辛子、今度貪らせてください。
2009.10.29 Thu 20:54 URL [ Edit ]

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